秋田県立秋田高等学校の概要


学校概要(平成10年4月1日現在)
名称    :秋田県立秋田高等学校
住所    :秋田県秋田市手形中台1番
学校創立:明治6年9月1日
卒業生数:31,361名(旧制時代含む)
校地校舎:校地面積 104,344.83平方メートル
          校舎面積  14,398.04平方メートル
          管理棟・教室・体育館・小体育館・柔道場・トレーニング室・剣道場・
          研修会館・第2セミナーハウス・弓道場・部室棟・艇庫・
          室内トレーニング室・校史資料館

学校沿革:
明治6年9月1日    秋田市東根小屋町日新学校内に洋学科を増設、洋学校と
                 称する。これが母校の生誕である。
明治7年5月22日   洋学校は伝習学校(明治6年10月1日開設。秋田師範学
                 校の前身)と統合されて太平学校と改称。校舎を秋田市
                 東根小屋町旧藩校明徳館跡に新築、中学校(洋学校の改
                 称)と伝習科の2科を併置。
明治9年9月       中学科を変則中学科と改称。
明治10年1月14日  校舎、書籍、機器及び諸帳簿悉く焼失。同月17日県立
                 秋田病院の一部に仮教場を設置。
明治11年4月12日  校舎の新築成り、太平学校を秋田師範学校とし、変則中
                 学校を中学師範予備科と改称。
明治14年6月19日  校舎再び焼失。県官舎に仮教場を設置。
明治15年6月6日   毎学期は9月1日に始まり翌年7月20日に終了。(県立
                 中学校規則)
明治15年7月1日   中学校師範予備科を廃し、秋田中学校と改称して独立。
                 明治15年秋田県布達甲132号)
明治16年2月17日  校舎の新築成り、移転。秋田師範学校と同一校舎。
明治19年8月7日   中学校令(明治19年勅令15号)が公布され(4月10日)、
                 同令に基づく秋田県令3号により、秋田県尋常中学校と
                 改称。秋田市西根小屋町秋田師範学校女子教員養成部に
                 移転。修業年限は従前のまま5年。
明治20年4月      毎学年は4月1日に始まり、翌年3月25日に終了。(秋
                 田県令39号)
明治21年4月      秋田市東根小屋町秋田医学校に移転。校地内に農業試験
                 場を設置。
明治23年4月      寄宿舎を新設。
明治25年4月1日   校友会を創設。洋服の着用を許可。
明治26年1月      「中」字章であった徽章を三剣菱章とし、制帽も従来のド
                 イツ型をフランス型に改める。
明治31年4月1日   横手、大館に2中学校が増設されたため、秋田尋常中学
                 校の名称を秋田県立第一尋常中学校と改める。
明治32年4月1日   「尋常中学校」を「中学校」に改める中学校令の公布(2月7
                 日)により、秋田県立第一中学校と改称。
明治33年11月23日 艇庫の新築成り、開艇庫式を挙行。(南秋田郡川尻村字
                 石倉向)
明治34年7月      秋田県立秋田中学校と改称。秋田中学校の運動場として、
                 楢山グラウンドが完成。(秋田市堤供の3千坪を含め、
                 1万坪)昭和11年、学校の手形移転まで存続。
大正4年4月1日    御大典記念事業として校旗を制定。
大正4年8月22日   全国中等学校野球大会出場を機とし、同窓会を結成。会
                 長は校長の兼務。
大正5年6月1日    御大典記念図書館を開設。
大正11年9月1日   創立50周年記念式典を挙行。「校歌」を制定。
大正14年12月1日  夜間中学を付設。
昭和3年3月1日    夜間中学を閉鎖。
昭和4年5月3日    御大典記念造林を実施。(秋田市仁別字栗畑、面積3町
                 歩)
昭和8年9月2日    創立60周年記念式典を挙行。「校友会歌」制定。
昭和10年4月1日   新入生の制服は、従来の黒色と霜降色(6月より10月ま
                 で)を廃し、制帽と共にカーキ色に統一。
昭和11年11月24日 秋田市手形字深田に新築された校舎に移転。
昭和16年4月      新入生の制帽が戦闘帽の型となる。白線不装着。登下校
                 の際はゲートルを着用。
昭和20年3月      修業年限が4年に短縮され、5年修業生と4年修業生が
                 同時に卒業。
昭和20年9月19日  進駐軍により校舎を接収されたため、秋田市将軍野にあ
                 る帝国石油株式会社鉱手養成所を仮校舎として借用、同
                 月26日授業開始。
昭和20年11月24日 父兄会(父母と教師の会の前身)を創設。
昭和20年12月5日  進駐軍に接収されていた校舎出火焼失し、什器教具まで
                 一切を焼失。
昭和20年12月22日 仮校舎として旧兵舎(秋田市長野町7番地)に移転。
昭和21年2月12日  市内4小学校で分散授業を実施。
昭和21年2月12日  秋田市長野町校地に再び移転。
昭和23年4月1日   学制改革(昭和22年法律26号学校教育法)により、秋田
                 中学校は新制の高等学校として、校名を秋田県立秋田南
                 高等学校に改め、修業年限を3年とする。夜間課程及び
                 通信教育課程を併置。
昭和23年6月1日   定時制課程を併置。
昭和24年4月1日   普通科8学級設置。
昭和26年3月31日  校舎の新築成る。夜間課程を定時制課程に併合。
昭和26年4月1日   普通科10学級設置。男女共学を実施。
昭和27年8月      同窓会の会則改正により、会長は会員中より選出するこ
                 ととなる。
昭和28年4月1日   秋田県立秋田高等学校と改称。
昭和28年10月1日  創立80周年記念式典を挙行。
昭和28年10月15日 艇庫の新築落成。(秋田港野積場)
昭和30年9月1日   校旗を再調製。
昭和35年4月      秋田市手形大松沢において新校舎整地作業を開始。
昭和36年12月20日 新校舎落成記念式典を挙行。(秋田市手形中台1番地)
昭和37年3月3日   新校舎に移転。6日より授業開始。
昭和38年7月15日  合宿所新築落成。
昭和38年9月21日  創立90周年式典を挙行。
昭和39年4月1日   定時制課程は秋田東高等学校となり、元秋田大学教育学
                 部校舎を使用。
昭和43年4月1日   通信教育課程を分離し、秋田東高等学校に併置。
昭和43年4月1日   理数科1学級設置。普通科9学級となる。
昭和44年4月1日   女子制服制定。
昭和46年11月12日 制服着用の自由化。
昭和48年9月1日   創立100周年記念式典を挙行。「秋高讃歌」を制定。創立
                 100周年記念碑除幕式挙行。
昭和49年9月1日   艇庫焼失。艇5隻とも失う。
昭和50年5月26日  艇庫新築落成。(秋田市新屋砂奴寄)
昭和58年9月1日   創立110周年記念式典を挙行。故古村精一郎先生レリー
                 フ除幕。
昭和60年7月20日  校舎の解体工事開始。
昭和61年11月17日 新校舎落成式典を挙行。(秋田市手形中台1番地)
昭和63年4月1日   2期制、65分授業を実施。
平成2年6月30日   茨城県立水戸第一高等学校同窓会「知道会」と姉妹提携。
平成5年8月       校史資料館(仮称)新築落成。
平成5年9月1日    創立120周年記念式典を挙行。
平成6年7月21日   120周年記念モニュメント「風の舞い」除幕式。
平成6年7月21日   校史資料館の通称を「羽城館」と定める。

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